

町立久万美術館での「洲の内徹と現代画廊」展もうかうかしていると終わってしまいます。3月に入ると店主も水曜日に別の用が出てきそうなのです。ギャラリーかわにしで前売り券を買ってくださった方ともばったりお会いしました。


久し振りに高木館長さんとも四方山噺ができました。

帰り道はバイパスの三坂道が工事中で三坂峠を廻ります。峠付近には先日の雪がありました。往きの三坂道には雪がなかったのでバイパスはかなり下に通っているのですね。

お客様に頼まれていた額装が出来上がっていたので風雅さんところへ。一服して帰ります。


2月15日のg-boxにも載せましたが「第10回三浦保環境賞」に「NPO法人 西条自然学校」が選ばれました。その後の「夜の学校」だったのでお祝いを兼ねて昨夜、出席しました。山本貴仁さんが賞の盾を手にして報告をされました。賞金までいただいたので今夜は「苺大福」にしました、誰も来なくても続けようと始めた「夜の学校」の第1回に5人も集まってくれて今回で第113回になりますと挨拶されました。皆さん、思わず拍手です。

そして今夜の講師の小川遼さん。神戸大学大学院昆虫多様性生態学研究室に所属されていて「私の調査地、インドネシア・スラウェシ島」のお話しです。
小川遼さんは上着を脱がれインドネシアの服装になり話をすすめていかれます。スラウェシ島の所在地、言語、通貨、食べ物、の概要のあと小川遼さんが研究対象にされている「デオキノコムシ」になりました。「デオキノコムシ」の採集に山へ登るのですがその時のエピソードを楽しく話されます。サイチョウ、メガネザル、アノア、バビルサといったこ固有種の動物に会ったり、村の飼い犬が頂上まで付いてきたり、トイレの話、コブラに遭遇したり、朝、昼、晩の食事は1週間同じもの、水場がなくて雨水や川の水を飲み、一番厄介だったのはヒルとダニだったなど。何より胃腸が丈夫でないといけませんね。「デオキノコムシ」はキノコを食草にして夜、活発に動き、よく飛ぶのですが高山になると羽が無い種類もあり、島の成り立ちにも関わってきます。
スラウェシ島を含む「ウォーレシア」(ジャワ島、バリ島、ボルネオ島、ニューギニア、インドネシア中心部の島々)は多彩で独自の自然と複雑な人類史があり、スラウェシ島だけでも4つの言語があり日本の方言どころではなかったようです。
1時間はあっという間に過ぎて小川遼さんは「新たな一歩にチャレンジ」の言葉で終わりました。

西条高校では卒業して50年になるとその年の卒業式に参列することができます。今年、店主たちがそれに当たります。倉敷在住の造形作家、眞鍋芳生氏は店主の同級生でその日に併せて「眞鍋芳生ー鬼と雛ー」展を開催します。当日、式に参加する同級生にDMを送ることにしました。PCに住所が入ってないので店主が手書きしなければなりません。


慣れない宛名書きはすぐイヤになり、ウチノカミサンが県美での「洲之内徹と現代画廊」展をまだ観ていないのを思い出して出かけました。昨日、高速は通行止めだったようです。



今展は「愛媛県美術館」と「町立久万美術館」とで同時開催となり2館で使える共通チケットが出ています。このまま久万へ出かけたらいいのですが店主には宛名書きが待っています。トホホ…
久万美術館といえば2009年(平成21年)9月に開催された「帰去来兮かえりなんいざ」ー「久万」再発見 旅人のレンズ ーに出展された笹岡啓子さん(35)。戦後を代表する写真家、林忠彦の精神を受け継ぐ写真家を発掘する第23回林忠彦賞に決まったと新聞報道で知りました。開展式でお会いして鍋を一緒に突いただけのご縁ですが若い方の活躍は嬉しいです!おめでとうございます!良かったですね!

二人だからの忙しさがあります。今日はそんな日でした。開廊前から約束していた方たちが見え歓談中、東京から帰ってみえた池西さんが立ち寄ってくれました。途中、電話や車の中から用を済ませた方もいました。急いで昼食を摂って午後から見えられる方たちを待ちます。その方たちが帰られたらウチノカミサンは銀行へ。店主は風雅さんところへ持っていくものがありました。その間、決算時でもあるので会計事務所の方、保険の書類の確認、ふらりとみえられた方、同級生からの問い合わせの電話、そして松山から店主帰廊。ちょっと一息しています。直接の商いとはすこし離れた、しかし関係のあることばかりなのです。この頃、そんな事が多くなりました。日が永くなり午後6時になっても明るいです。お土産にいただいたリースを入り口に飾ります。早春のリースです。

































