

じっとり暑いです。遠く南の海上にある台風の影響がすでにあるとのこと。蝉は元気ですがテレビの音も聞こえにくいです。

定休日ですがちょっとギャラリーへ出てきてごぞごぞしています。と、宅配便がみえて盛岡冷麺が届きました。具菜もちゃんとセットされた冷麺です。嬉しいなぁ!


先日、観た入日と棗の実。
今日の休日もすでに夕刻、何をしたということなく過ごすのも休日ですね。

今朝も蝉が煩いです。昨夜、トコトコ歩いている蝉の幼虫を見ました。羽化する前の動いている幼虫を見るのは稀ですね。今朝鳴いているなかに昨夜の幼虫も居るのかもしれません。朝の暑さがちょっと落ち着いた感じです。


ギャラリーの裏へ行く犬走りにも脱け殻がありました。傍らには緋扇の花が咲いています。

今日でDMの写真撮りは終いにします。疲れたなぁ~

「突然の男某敷島氏」からシンガポールのお土産に戴いた「蓮の葉茶」を一緒に飲もうと思っていた人がやっと見えました。便りの無いのは元気な証拠とは言うけれどずっと体調を崩していて心配していたのです。痩せてしまった姿に驚きましたがご自分の言動には責任を持っておられる方です。心身のバランスをとる働きがあると言われている蓮の葉茶を三人でゆっくりいただきました。

昨日は大暑。京都だけではなく新居浜市も35度を越したようですね。山容を表した石鎚山も夏山になっています。


木槿の花が一回り小さくなったようです。一枝持ってきましたがギャラリーの裏庭のヒオウギにちょうどの茎が伸びていたのでこっちにしました。



池西展のDM撮影にピュークラブの藤田さんの時間を取るのは申し訳ないので店主の方でなんとかしなければなりません。22日に撮ったのがダメだったので前回もお願いした佐々木さんが助っ人に来てくださいました。ああでもないこうでもない…ギャラリーラボさんやピュークラブさんのようにはいきません。外は猛暑!店主は頑張っています。
念力のゆるめば死ぬる大暑かな 村上鬼城
じだらくに勤めてゐたる大暑かな 石田波郷

日の出よりすこし遅れて出発!坂出からJRに乗りました。



京都市美術館の9時の開館にあわせて入ります。入り口にはパリのレストランに掛けられていた「地中海の猫」のレプリカがあり記念写真が撮れます。
最初の部屋にはロシニエールのアトリエが再現されていて最後の部屋は写真でのバルテュスのプロフィールという構成です。「芸術家と言われるのが大嫌い、絵筆と絵の具を遣う職人です」のコメントもありました。


京都は35度の予報がでていて美術館を出るとすでに暑くなっていました。大鳥居の左下に偶然写っている京都市バス5番で京都駅へ。

蔵丘洞画廊さんでは「坂田源平展」開催中です。市バスで近くを通ったのですが今回は失礼します。


四条通りにあった祇園祭八坂神社お旅所や特急サンダーバードも見掛けました。



JR山崎駅で下りアサヒビール大山崎山荘美術館へ。「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」です。数年前のアートフェアで気になっていた作家さんです。


何時もながら山荘そのものですね。




山荘のテラスからは中庭の向うに京都、右手に生駒山が見えます。歴史上重要な地点だったのですね。
新大阪へ出て5時過ぎには帰ってきました。今夜の巨人戦には敗れたけれど心地よい疲れでした。ウチノカミサンも元気になって今夜からビールを飲んでいます。
バルテュスの年賦を見ますと1984年6月17日から7月22日に京都市美で日本では初めてになる回顧展が開催されています。ギャラリーかわにしが開廊したのも1984年でした。日本では自然光で観ることが出来る京都市美術館一館での展覧会であり、しかもピカソも絶賛したと美術雑誌にも紹介されました。そんな世界レベルの作家の絵を観ておこうと店主は出かけたのでした。深い感銘を受けました。田舎に居るからこそ良い展覧会は観ておこうと思ったのもこの時です。子どもたちも小学生だったし画廊を始めたものの家族に対する責任が取れるのかも判らない不安な気持ちのあった時期でした。1984年の京都展で存命だったバルテュスも2001年に死去。時間は確実に過ぎてゆき子ども達は手元から離れ老夫婦になった店主たちです。







































