安藤義茂 画壇を去る

北荘画廊で刀画を発表していらい安藤の身辺は慌しくなる。見知らぬ人から問い合わせを含めいろいろな手紙が届いたり、美術評論家は訪ねてくる、美術ジャーナリストの出入りは頻繁、各公募美術団体への入会勧誘も多くなる。
画家としての名声が高くなればなるほど交際範囲も広がり、絵を描く時間がなくなり、これは困ったことだと思い、次第に画壇から距離をおくようになった。

昭和15年頃から北荘画廊での初個展(24年)までの約十年間の沈黙は安藤の独創的な「刀画」を生み出す重要な期間だったが、今回は違った。

入会した第二紀会の作品出品も年に一度だけにして、会合も欠席し沈黙を護り続けたが、ついにすべてがわずらわしくなり外部との交渉を完全に絶ちアトリエにひっそりとこもり制作に打ち込むようになった。